最高裁判所第三小法廷 平成10年(受)341号 判決 1999年10月26日
上告人(原告)
鑛納幸子
ほか三名
被上告人
松本彰
ほか一名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
第一審判決を次のとおり変更する。
1 被上告人らは、各自、上告人鑛納幸子に対し、一一六九万六三五五円及びうち一一二七万二六五九円に対する平成八年五月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被上告人らは、各自、上告人鑛納忠三、同鑛納茂一及び同鑛納智和に対し、各三八六万五四五一円及びうち三七二万四二一九円に対する平成八年五月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟の総費用はこれを一〇分し、その一を上告人らの、その余を被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人山崎喜代志の上告受理申立て理由について
一 本件は、自動車同士の衝突事故により死亡した鑛納亮一の妻である上告人鑛納幸子並びに子である同鑛納忠三、同鑛納茂一及び同鑛納智和が、加害車両の運行供用者である被上告人松本昇に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づいて、加害車両の運転者である同松本彰に対しては民法七〇九条に基づいて、各自の法定相続分に従って次の損害金の支払を求めるものである。
1 損害合計四七七八万〇六六〇円(うち弁護士費用一九〇万円)から自動車損害賠償保障法に基づき支払われた保険金二三二五万五五〇〇円を控除した残額二四五二万五一六〇円及びこれに対する本件事故発生日である平成八年五月二五日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金
2 右保険金に相当する損害額に対する本件事故発生日である平成八年五月二五日から右保険金の支払日である平成九年二月一四日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金八四万七三九二円(円未満切り捨て)
二 原審は、被上告人らの損害賠償義務を認め、一の1の請求については、損害合計四五七〇万〇八一六円(うち弁護士費用一九〇万円)から右保険金二三二五万五五〇〇円を控除した残額二二四四万五三一六円と、これに対する本件事故の発生日である平成八年五月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずる限度で認容すべきものとしたが(ただし、上告人鑛納幸子の損害金元本は、弁護士費用一〇〇万円を含む合計一一二七万二六五九円、その余の上告人らの損害金元本は、いずれも弁護士費用三〇万円を含む合計三七二万四二一九円である。)、2の請求については、自動車損害賠償保障法に基づく保険金の支払によって損害がてん補された場合には、その支払日までの分に対する遅延損害金を考慮しないとする取扱いが実務一般の慣行として是認されており、右実務の慣行と公平の見地に照らすと、自賠責保険の担当者において、故意に支払を遅延させたなどの特別な事情がない限り、被害者において、右保険金によっててん補された損害に対する事故日から右支払日までの遅延損害金を請求することはできないと解するのが相当であると判示して、これを棄却すべきものとした。
三 しかしながら、一の2の請求に関する原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に、何らの催告を要することなく、遅滞に陥るものであって(最高裁昭和三四年(オ)第一一七号同三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁)、後に自動車損害賠償保障法に基づく保険金の支払によって元本債務に相当する損害がてん補されたとしても、右てん補に係る損害金の支払債務に対する損害発生日である事故の日から右支払日までの遅延損害金は既に発生しているのであるから、右遅延損害金の請求が制限される理由はない。したがって、本件においては、自動車損害賠償保障法に基づき支払われた保険金に相当する損害額に対する本件事故の発生日から右保険金の支払日までの遅延損害金請求は認容されるべきであって、これを棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり、原判決は右部分につき破棄を免れず、一の2の請求は、これを認容すべきである。
そうすると、上告人らの請求は、原審が認容したところに加えて、右保険金に相当する損害額に対する本件事故の発生日である平成八年五月二五日から右支払日である平成九年二月一四日までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金八四万七三九二円(円未満切り捨て)の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきであるから、上告人鑛納幸子については原審認容額に四二万三六九六円を、その余の上告人らについては原審認容額に一四万一二三二円をそれぞれ加算して、原判決を主文第一項のとおり変更するのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 金谷利廣 千種秀夫 元原利文 奥田昌道)
上告受理申立て理由
一 判例違背
原判決は、交通事故にかかる損害賠償請求の内、既払金に対する事故日から支払日までの遅延損害金についての賠償請求を棄却した点において、次の判例に違背する。
(一) 東京高等裁判所
事件番号 平成七年(ネ)第四八四三号、五九一二号
裁判の年月日 平成八年六月二五日
掲載 交通民集 二九巻三号六七六頁
右判例の理由は以下のとおりいう。
「(損害の填補) 被控訴人らは、平成七年二月二一日に自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けたので前記(四)の総損害額(慰謝料と過失利益に填補することを求めている)から右三〇〇〇万円の填補額を控除し残総損害金は二一九六万三〇四九円(被控訴人各人につき一〇九八万一五二四円宛)となる。そして、被控訴人らは、この平成七年二月二二日に填補されたとして原判決が総損害金から控除した三〇〇〇万円相当額の損害に対しても、本件事故発生日たる平成五年一一月六日から右支払の日の前日の平成七年二月二一日までの民法所定年五分割合による遅延損害金が発生しているとし右部分をも放棄することなく、積極的に本件附帯控訴に基づき、控訴人紀雄及び控訴人啓之に対して、その支払を求めているのであり、これを理由がないとすることはできない。そうすると、右控訴人両名は連帯して、右被控訴人ら各人に対しそれぞれ九七万一九一七円(右期間中の一五〇〇万円(三〇〇〇万円の二分の一)に対する年五分の割合を乗じて算定された遅延損害金額)の支払義務があるといわざるを得ない。」と判示しているものである。
原判決は、また、次の判例にも違背する。
(二) 最高裁判所
事件番号 昭和三四年(オ)第一一七号
裁判の年月日 昭和三七年九月四日
掲載 民集 一六巻九号一八三四頁
「不法行為に基づく損害賠償債務はなんらの催告を要する事なく、損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきである」と判示している。
(三) 最高裁判所
事件番号 昭和五五年(オ)第一一一三号
裁判の年月日 昭和五八年九月六日
掲載 民集 三七巻七号九〇一頁
交通事故に関して「不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の賠償債務は、当該不法行為のときに履行遅滞となる」と判示している。
原判決は、右(二)及び(三)の判例を前提としながら、「自賠責保険による損害賠償がなされた場合には、その支払の日までの分に対する遅延損害金を考慮しないとする取り扱いが実務一般の慣行として是認されているところである。」として例外という形で損害金に対する請求を棄却しているが、その「実務一般の慣行」についての証拠は何もない。
またそういう「取り扱い」とはどこの手続における「取り扱い」だというのか。裁判所におけるというのではなく保険手続だというのであれば、そのことに法的権威を持たせることに重大な問題があるのである。
即ち、保険手続においては、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱という基準があり、裁判手続とは全く別の基準で損害額が決められ示談されていることは周知のところである。しかし、これを「実務一般の慣行」として裁判所を拘束するということになれば大変だからである。
また「公平の見地」に照らし相当であるとするが、しかしその判断基準は正しくない。原判決は、公平の判断に「故意に支払いを遅延させたなどの特別な事情」や支払までに時間を要したことについての「やむを得ない事情」の存否を問題にしているが、ここでは、損害賠償額(元金)を幾らにするかというのとは別の配慮が必要なのである。
即ち、そこでいう公平とは、金銭債務(元金)の支払義務がありながら支払わずにいる場合には、その金銭債務(元金)の利用・運用利益を(遅延損害金という形で)吐き出すことが公平だと言う事なのである。民法四一九条二項の「債権者は損害の証明を為すことを要せず又債務者は不可抗力を以て抗弁と為すことを得ず」の意味はそのことなのである。
原判決が、右判例に違背し右民法の法令(四一九条二項)に違背することは明白である。
二 民事訴訟法三一二条二項六号違反(理由不備、審理不尽)
原判決は、既払金に対する事故日から支払日までの遅延損害金の請求を否定したその理由として「公平の見地」をあげ、公平の判断に、「故意に支払いを遅延させたなどの特別な事情」や支払までに時間を要したことについての「やむを得ない事情」の存否を問題にしており、そのこと自体誤りであることは先に述べたが、仮にその判断基準が是認されるとしても、具体的判断に審理不尽の違法がある。
右の事情については被上告人の主張にもなく、したがって争点にもなっていない。その点に付いて上告人に反証の機会もなく、あまつさえ反論の機会さえ与えられておらず全くの不意打ちなのである。
原判決は、被上告人が主張さえしていない「故意に支払いを遅延させたなどの特別な事情」や支払までに時間を要したことについての「やむを得ない事情」の存否を認定しており、その際に、乙二の一ないし三を根拠としているが、そもそも、右証拠は乙二の三など全く異なる書面を重ねてコピーし、単一の証拠番号を付して提出されたもので、弁論期日において上告代理人が認否できないと指摘したところ、認否不要とのことであった。上告人は、このような形で根拠に使われるとは夢にも考えなかったところである。乙二の一、二についても一方的に記載されたものであって真実、何時誰が作成したかも明白とはいえない。また控訴人智和本人や弁論の全趣旨がどうして故意に支払を遅延させたことがないことの根拠になるのか、全く逆ではないのか。
支払までに時間を要したことについての「やむを得ない事情」として判示されてはいるが、被害者の収入の認定に問題はなかった(少なくとも時間をかけた結果明らかになり、それを踏まえて保険金が支払われたという経緯は一切無い)し書類の不備も無かった。支払までに時間を要したのは、上告人らに知識がないと考えた保険会社の担当者が最初は二五〇〇万円、弁護士に聞いたといえば二八〇〇万円、弁護士の計算書を見せれば三三〇〇万円と、会社としての理念もなく小出しに支払呈示額を上げていったからなのである(しかも示談不成立となれば右提示額に反して被害者請求に対し、僅か二三二五万五五〇〇円しか支払われなかったのである)。
もし、原判決にいうような事情が争点になるのであれば、当事者に主張立証の機会を与えることが不可欠である(本来は、当事者が争点として主張していない点を争点にすること自体弁論主義に反するものである)。
原判決が、民事訴訟法三一二条六号違反(理由不備、審理不尽)に該当することは明白である。
三 原判決が「葬祭関係費」につき一五〇万円に限定したことは、民法七〇九条の解釈につき重要な誤りがある。原判決は、「社会通念上相当」と認められる限度において、不法行為により「通常生ずべき損害」のその賠償を加害者に請求することができる、と述べ、そのことは正しいが、「通常生ずべき損害」の解釈において、個々の事情を無視している点に誤りがある。
「通常生ずべき損害」とは個々の事情を無視することではなく、個々の事情を前提として、結論としての、被害者の請求する損害額が通常といえるか異常かを判断するべきなのである。本件において、「代々夫婦ごとに墓碑をたてる慣行」を前提として、今回の墓碑建立が異常か通常かを判断しなければならないのである。原判決の理屈では、葬儀費用と墓碑建設費の合計は常に一五〇万円を限度とするのが相当であると言っている事になるのである。
原判決は、この点に付き、次の判例に違背する。
(一) 最高裁判所 事件番号 昭和四二年(オ)第一三〇五号
裁判の年月日 昭和四四年二月二八日
掲載 民集 二三巻二号五二五頁
「不法行為により死亡した者のため、祭祀を主催すべき立場にある遺族が墓碑を建設し、仏壇を購入したときは、そのために支出した費用は、社会通念上相当と認められる限度において、不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきである」と判示している。
以上